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残念なお知らせ。

名前を呼ばれた瞬間、私はしばらくその場から動けなかった。 第29回の 岡本太郎現代芸術賞 の授賞式。 特別賞として名前を呼ばれたとき、怒りとも情けなさともつかない感情が胸に込み上げ、その場で立ち上がることができなかった。 今回出品したのは、10年前に撮影した広島の作品と、最新作である東広島の作品。 戦後80年という節目の年に、この二つの時間を重ねるようにして展示した。 岡本太郎 の名を冠するこの賞は、時代によって評価の傾向が変わってきたように思える。 最近は、展示の過密性や、いわば「根性を見せろ」と言わんばかりのボリューム感のある作品が評価される傾向にあるように感じている。 そんな流れの中で、私はあえて逆の方法を選んだ。 展示方法は極力シンプルに。 しかし作品の内容は、誰よりも濃密にする。 結果として、その選択は審査の結果には結びつかなかった。 私の方法が届かなかったのか、あるいはもともと審査員の好みではなかったのかもしれない。 ただ、何よりも先に浮かんだのは、 作品に関わってくれた人たちへの申し訳なさだった。 授賞式のあと、少し失望した気持ちのまま展示スペースに立っていると、審査員の 山下裕二 さんが近づいてきた。 そして、どこか申し訳なさそうにこう言った。 「みんなに説明したんだけどね。」 私は思わず、「なかなか人生うまくいかないですね。」と答えた。 すると山下さんは静かにこう話してくれた。 「私の母親も広島出身で、私が生まれる前に被爆しているんです。」 その言葉から、広島に対する個人的な思い入れが伝わってきた。 その後、出品者の懇親会も早めに切り上げ、一人で帰ろうとしていたところ、同じギャラリーの会田さん、岡田さん、三川さんたちが声をかけてくれた。 「飲みに行きましょう。」 居酒屋で励ましてくれたその夜は、 それでもなかなか気持ちの整理がつかない、長い夜だった。 企画展「第 29 回岡本太郎現代芸術賞 (TARO 賞 ) 」